記者発表

遺伝子組換え技術:安全性を確保しつつ適切な利用を推進する段階へ(声明)

日本育種学会では、「「遺伝子組換え技術」を新しい育種素材を作出できる重要な育種技術として位置づけ、四半世紀にわたる利用経験と集積された科学的知見に基づいて安全性を確保しつつ適切な利用を推進する段階へ」と題したプレスリリースを発出しました(PDFファイル)。


  • 1996年に遺伝子組換え技術(GM技術)を利用して作られた遺伝子組換え作物(GM作物)の本格的な商業栽培が開始され、四半世紀が経過しました。
  • 現在、除草剤耐性や病害虫抵抗性などのGM作物は海外で広く普及し、日本は大量のGM作物を輸入しており、私たちの食生活はGM作物に大きく依存しています。
  • これまで、GM作物の長期的な栽培による環境影響や、人や家畜が摂取することによる健康影響において、GM技術そのものに由来する事例は、科学的に一例も認められていません。
  • GM技術が登場した当初は、この技術で農業上の全ての課題が解決できるような期待もありましたが、四半世紀の研究開発と作物への利用の歴史から、現段階では、GM技術にも改良できる特性に、得意・不得意があることが明らかになってきました。
  • 日本育種学会は、日本国内のGM技術に関する認識の現状を憂え、その解消のため、分かりやすい情報提供に尽力します。
  • 国際的なGM技術の利用の実績を踏まえ、育種への利用価値を科学的に評価した上で、ルールに従い安全性を確保しつつ、新しい育種素材の作出技術のひとつとして、適切な利用を進めたいと考えています。

2022年3月31日
一般社団法人日本育種学会
会長 加藤 鎌司

GM作物の利用の実態

1996年に遺伝子組換え(Genetically-Modified; GM *注)作物の商業栽培が本格的に開始され、2021年で四半世紀が経過しました。2019年には、世界で1億9040万ヘクタール(日本の国土の約5倍相当)の面積が栽培されています(ISAAA 2021)。日本は、除草剤耐性、害虫抵抗性などを付与した遺伝子組換えトウモロコシやダイズ、ナタネなど、合計で年間約1,600万~1,800万トンを輸入していると推定されています(農林水産物輸出入統計)。

これらGM作物の量は国内で生産される米の2倍以上の量に相当し、飼料や油原料、加工食品の原材料などに利用されています。私たち日本人の食生活は、こうしたGM作物の利用なしには成り立たない現状にあります。

*注 国際条約(バイオセーフティに関するカルタヘナ議定書)では、遺伝子組換え生物はLiving Modified Organisms:(LMO)という用語として定義されています。しかし、この声明においては、国内で広く認知されている用語を利用することとして、遺伝子組換え作物をGM作物と記述しています。

四半世紀の利用経験から見えてきたGM作物の安全性

GM作物には、外来生物の遺伝子を植物のゲノムに組み入れて利用するという技術的な新規性と、従来の育種では成しえなかった異種生物の遺伝子を最大限有効利用して除草剤耐性や害虫抵抗性などを付与できる新規性がありました。これらの新規性によるインパクトの強さのためか、「これまでと違う変化が植物に起きてしまうのでは?」や、「食べると子孫への影響が心配」というGM作物の利用による環境への影響や食品安全性に懸念を持つ方がおられます。技術の利用開始当初に比べて不安を持つ方は減っているように思われますが、現在も少なからずいらっしゃいます(消費者庁 2016、遺伝子組換え食品に関する消費者意向調査の概要)。

GM作物の商業栽培以降、環境への影響、人や家畜でのGM作物の長期的な摂取と健康への影響の関係について多くの研究がなされてきました。特に、2016年に全米科学アカデミー・全米技術アカデミー・米国医学研究所が発行した、約900の試験結果や研究論文を厳密に検証した報告書において、現在、商業栽培されているGM作物と従来の作物の間で、環境や健康リスクへの影響に違いを裏付ける証拠は認められないと結論付けられています。

一方、「GM技術の使い方」によっては、環境や人の健康に悪影響が生じる可能性を否定できないことも事実です。従って、GM技術で導入する遺伝子によって生じる変化は、開発される作物ごとに、専門家によって食品、飼料、環境影響の安全性について、十分な議論、審査に基づいて科学的に判断される必要があります。事実、日本で利用されるGM作物においては、厳正な審査を経てはじめて、輸入や商業利用が可能になる仕組みが確立されており、安全性が担保されています。なお、当学会も監督官庁による審査に積極的に協力しています。

GM技術は万能ではなかった

GM作物の栽培開始当初、GM技術は作物の特性を抜本的に改善できる夢の技術であり、人類の食料問題を解決できる可能性がある、と期待されていました。確かに、「遺伝子は生物の設計図なので目的の遺伝子を導入することができれば、新たな特性を自由自在に生物に持たせることができる」という想定には一定の説得力がありました。例えば、高収量に関連する遺伝子を作物種に導入することで画期的な高収量の作物が開発できれば、抜本的な食料問題の解決に繋がることなどが期待されました。しかし、実際にGM作物の開発が盛んに進められている米国の飼料作物の開発現場でも、GM技術により収量を劇的に向上させた作物は現在でも作出されていません。高等植物の生命活動は、多数の遺伝子が機能し合う複雑な生体反応ネットワークのバランスの上で成り立っているものであり、このような複雑な仕組みを全体的に改良することが現段階では対応できないためです。このように「できないこと」もこの四半世紀の研究開発の取り組みから次第に明らかになってきました。生物の生体反応ネットワークを理解し、制御できるような科学的知見が得られないうちは、GM技術によっても万能な作物を作り出すことはできないということです。

GM技術が得意なこと

現在のところ複雑な形質の改良は不得意なGM技術ですが、単一または比較的少数の遺伝子の作用を付加することで改良できる性質にはその有用性を発揮します。例えば、殺虫性タンパク質による害虫抵抗性の付与、除草剤耐性の付与、ウイルス病抵抗性の付与などが該当し、これらの機能が付加されたGM作物は海外の農業現場において大きな成果を上げ、農業の発展に貢献してきました。こうした成果は、従来の技術ではなし得なかったものが多く、食料価格の側面からも、私たち日本人の食卓に少なからずメリットをもたらしています。また近年では、健康機能性成分が付加されたGM作物の開発なども進んでいます。

育種(品種改良)の基本とGM技術の意義

育種とは、有用な遺伝的要素を集積する作業です。つまり、幅広い遺伝資源が持つ有用な遺伝子や、自然発生または意図的に生じさせた有用な変異を交配と選抜を繰り返して目的に沿った特性を持つ品種を作り上げることです。20世紀のメンデルの法則の再発見以降、交配育種を中心として発展した育種技術は、作物の生産性の向上に持続的に貢献し、イネ、コムギ、トウモロコシ等主要作物の単位面積あたりの収量を数倍高めることに中心的な役割を果たしてきました。これは、交配育種や突然変異育種などの多くの育種技術の開発、発展、その利用の積み重ねの成果であり、今日、人類が手にする食品の多くは、育種による作物の改良によってもたらされてきたものです。GM技術は従来の育種技術を補完して、新たな素材(育種素材)を供給する手段のひとつです。近年の、自国に存在する資源を自国で管理・開発しようという世界的な動きである資源ナショナリズムの高まりによって、世界中の遺伝資源を自由に育種に使える状況ではなくなってきている中で、新規育種素材の確保に貢献できると考えられます。つまり、遺伝子をより幅広い生物に求めて利用することができるGM技術は、今後の育種を発展させる上で重要性を増して行くものと考えられるのです。

日本育種学会の立場

日本育種学会は、育種に関わる技術者集団として、四半世紀にわたる利用経験に基づくGM技術の育種利用について以下の声明を表明します。

  1. 育種技術の観点から、GM技術を「新しい育種素材を作出できる重要な育種技術」として位置づけ、その適切な利用を推進する段階にあると考えます
  2. GM生物の取り扱いについては、法令を遵守し、適正な手続きを履行するとともに、監督官庁による審査体制に積極的に協力していきます。
  3. 監督官庁による今後の審査体制については、新しい科学的知見の蓄積を基盤として適宜見直すことが望ましく、科学的知見に基づいた提言をしたいと考えます。
  4. 学術団体として科学的知見に基づき、GM技術の育種利用について、皆さまに対して分かりやすい情報提供に努めます。

お問い合わせは、日本育種学会LMO/ABS 委員会委員長 井澤毅(東京大学大学院農学生命科学研究科)までお願いします。